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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)61号 判決

控訴人(原告) 医療法人財団神経科土田病院

被控訴人(被告) 下谷税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三四年二月二三日控訴人に対してなした贈与税額金六七〇万四、二五〇円の課税処分はこれを取消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上、法律上の主張は、控訴代理人において次のとおり訂正、補充するほか原判決事実摘示と同一であるからここれをここに引用する。

(控訴代理人の陳述―その主張の要旨と整理)

(一)  原判決事実摘示第二、(請求原因)一のうち「その資産の総額は一三一一万七七〇〇円である。」とあるのを被控訴人主張のとおり「その資産の総額は一、四六一万四、一四四円である。」と訂正する。

(二)  同第二、五の(一)(相続税法六六条四項および同条一項、二項の規定が憲法の定める租税法律主義に違反するとの主張)について

相続税法六六条四項の「公益を目的とする事業を行う法人」および「親族その他これらの者と第六四条第一項に規定する特別の関係ある者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合」という規定は、租税法律主義の原則に違反し無効である。右主張に関し、相続税法六六条一項および二項を援用した主張(右第二、五の(一)の3、4)は撤回する。

(三)  同第二、五の(二)(相続税法六六条四項不該当の主張)について

仮に相続税法六六条四項が租税法律主義に違反しないとしても、医療法人は「公益を目的とする事業を行う法人」に該当せず、医療法人に対してなされた寄附行為による財産の提供は「親族その他これらの者と第六四条第一項に規定する特別の関係ある者の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合」に該当しない。

右主張に関し、右第二、五の(二)、3の(1)に摘示されている主張は撤回する。

また、右同3の(2)の摘示は不充分であり、かつ、誤つているので、次のとおり補正する。

被控訴人は、控訴人の設立者・理事、控訴人に対する財産の寄附者、それらの者の親族等が施設の利用上、余裕金の運用上、解散した場合における財産の帰属等について控訴人から特別の利益を受けているとの趣旨を客観的に主張している。右主張のとおりの事実関係であるとすれば、控訴人の右の関係者個人に対して相続税法六五条を適用することができるだけであつて、同法六六条四項を適用することができることにはならない。したがつて、被控訴人は課税の対象と適条を誤つて控訴人につき同法六六条四項を適用し、控訴人を納税義務者として課税処分をしたのであるから、本件処分は違法である。

(四)  同第二、五の(二)、4(信義則違反、禁反言)の主張について

財団医療法人に対して相続税法六六条四項を適用するのは、信義則または禁反言の原則に違反するから、本件処分は違法である。

(五)  同第二、五の(三)、2(理由附記の違法)の主張について本件処分はその通知書に理由の附記がなく、違法であるから取消さるべきである。

同第二、五の(三)、1の消滅時効の主張は撤回する。

(六)  同第二、五の(三)、3(調査の違法)の主張について

本件処分は調査を行うことなくしてなされたものであるから違法である。

(七)  同第二、五の(三)、4(事実誤認の違法)の主張について

本件処分は「相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となる。」ことについての事実認定に誤認の違法がある。

三  当事者双方の証拠の提出・援用・認否は、次のとおり追加するもののほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  控訴代理人

甲第六ないし一〇号証を提出し、乙第二一号証の五の成立を認めると述べた。

2  被控訴代理人

乙第二一号証の五を提出し、甲第六ないし一〇号証の成立を認めると述べた。

理由

第一、原判決理由第一(相続税法六六条四項とその趣旨、目的)の説示を一部左記のとおり補正、追加するほか、これをここに引用する。

原判決七六枚目表五行の「これらの者が……」から同八行の「…ぎないようなときは、」を「これらの者が当該提供、贈与、遺贈の後においても実質的に当該財産を管理して、あたかも公益法人等が当該財産の名義上の権利者たるにすぎないと右贈与等の時を基準として判断しうるときは、」と補正する(右原判示部分をこのように解しうることは前後の文脈から窺えるところである。)。

そして、これを詳述すれば、右「贈与等の時」というのはそれぞれの行為がその効果を生じたとき、即ち公益法人設立のための財産提供の場合は右法人設立のとき、贈与の場合はその意示表示があつたとき、遺贈の場合は遺言者死亡のときに、当該公益法人等の定款または寄附行為の定め、役員の構成、施設の利用、資金の運用等によつて判断することになり、更にこれらの事実を基礎としてその後に顕れた支配関係をも勘案してその判断に供することができるものと解すべきである。

第二、原判決理由第二の一、二、三および五(相続税法六六条四項が憲法の租税法律主義に違反するとの主張について)の説示をここに引用する(ただし、原判決七九枚目裏六行の「包含させてのは」を「包含させたのは」に改める。)、

なお、付言するに、いうまでもなく租税法律主義の原則が将来の予測可能性と法的安定の確保にあり、その立法並びに解釈が厳格でかつ能うかぎり明確であることを要するのは多言を要しないところであるけれども、他面租税法の公共性と公平負担の原則、それに由来する実質課税の原則も基本原理として看過することはできないのであり、租税法の解釈はこれら諸原則をふまえたうえでの総合的理解でなければならない。したがつて、当該租税法規が単に抽象的であるとか、わかりにくいというだけで前記主義に反するものということはできず、右諸原則に則り法規の目的を的確に把握し、文言にとらわれることなく、その経済的、実質的意義を考慮し、かつ、立法技術をも勘案しながらその意図するところを合理的・客観的に解釈し、その法規が租税の種類、課税の根拠・要件を定めた規定として一般的に是認しうるものであれば、前記主義に反しないものというべきである。

右見地に立つて考えるならば、前示引用にかかる説示のとおり、相続税法六六条四項(昭和四〇年法律第三六号による改正前のもの)は、前記第一に引用した趣旨・目的のもとに公益法人等に対する財産提供等の場合の租税回避防止を定めた規定として、可能な範囲で明確を期したやむをえない立法というべきであり、右規定が控訴人主張の「公益を目的とする事業を行う法人」及び「不当に減少する結果となると認められる場合」の二点においてその適用・認定につき税務当局の裁量を許しているとか、あるいは白紙委任をしているというごとくに曖昧・不明確なものということはできず、憲法の定める租税法律主義に違反するところはないというべきである。

第三、原判決理由第三の一、二(相続税法六六条四項不該当の主張)および三(信義則違反、禁反言の主張)についての各説明をここに引用する(ただし、原判決八四枚目裏八行の「非営利法」を「非営利性」に、同八五枚目表一〇行の「公益法」を「公益性」に、同九一枚目裏八行の「遺増」を「遺贈」に、同九二枚目表四行の「増与等」を「贈与等」に各改める。)。

更に次のとおり加える。

右一について

医療法人は法人税法上他の営利法人と同様の取扱を受けているけれども、それは医療法人がもつぱら医療事業から収益を得ている収益結果に着目したものであつて(所得税における医業の事業所得と同様)、医療法人が営利法人だからではない。したがつて、医療法人が法人税法上収益事業を営む課税法人であるといつて、直ちに営利法人となるものでないことは明らかであり、右引用にかかる説示のとおり医療事業の公益性に鑑みて医療法人を「その他公益を目的とする事業を行う法人」と解するを妨げない。

右二の(二)について

控訴人は、本件における被控訴人の主張・立証は相続税法六五条適用の要件に関するものだけで、仮に右主張の事実関係があつたとしても同法六六条四項を適用することはできず、本件処分は課税の対象と適条を誤つていると主張する。しかし、被控訴人の主張・立証が控訴人主張のごとき同法六五条の適用に関するものではなく右六五条一項に「第六六条第四項の適用がある場合を除く外」とあるところから窺えるように、右六五条に先んじて同法六六条四項の規定を適用しうる事実関係であることは後記引用の原判決認定(第四の五)によつて明らかなところであり、控訴人の右主張は誤解に基づくものであつてそれ自体理由がない。

右三について

成立について争いのない甲第六ないし一〇号証の各供述記載は、成立について争いのない乙第一・二号証、第二一号証の二・三・五に対比して必ずしも信用を措きがたいのみならず(したがつて、これらの供述記載は引用にかかる右三項の認定を覆えすに足りない。)、仮に右各供述記載にあるように、当時の医療法人設立関係が厚生省の意向を受けた東京都医務課係官から財団医療法人の設立によつて相続税あるいは贈与税の課税がすべて避けられる趣旨の発言があつたとしても、それは税務当局側ないしそれに基づく筋の公表・勧奨とは自ら異るのであり、加えて個人開業医の場合との税の比較均衡の問題を考えるならば右財団医療法人に対する財産の提供、贈与等の場合に全く贈与税・相続税の負担がなくなること自体租税体系上問題の残るところであり、右のような事実が仮にあつたとしても、その発言とかかわりのない課税庁が根拠ある税法に基づいてなした本件処分を租税法上の信義則違背、禁反言の抵触として違法とすることはできない。

第四、原判決理由第四の一(本件処分の内容と結末)および三(理由附記)、四(調査の欠如)、五(事実の誤認)(ただし、右一および三、四については後記一部訂正部分を除く。)についての各説示をここに引用する。右一および三、四について次のとおり訂正する。

右一について。

原判決九五枚目表五行の「一三一一万七、七〇〇円」を「一、四六四万四、一四四円」と改める。

右三について。

原判決一〇一枚目表四行の「これを本件についてみれば……」以下右三項末尾までを次のとおり改める。

「これを本件についてみれば、本件処分の決定通知書には前記のとおり単に相続税法六六条を掲げ、同条により申告義務があるのに申告がないから決定する旨の記載があるだけであつて、しかも、右六六条の何項に該当するかも示していないのであるから、右通知書自体からはいかなる理由で当該処分がなされたかを了知するには足りないものといわざるをえない。しかし、成立について争いのない乙第一九号証によれば、控訴人は本件処分に先立つ昭和二九年六月三日大蔵大臣に対し租税特別措置法(昭和二七年法律第六一号)一七条、同法施行規則(昭和二七年大蔵省令二七号)二一条一項に規定する承認申請をして右相続税法六六条四項による課税を受けない措置を求めたが、昭和三四年一月一二日同大臣より右申請棄却の通知を受けたことを認めることができるから、遅くとも右申請棄却の通知を受けたのちにおいては、控訴人が公益を目的とする事業を行う法人として、懸案の亡遠藤義雄、遠藤俊一の寄附行為による財産提供に関して同条項による贈与税の申告義務があることを了知していたと推認することができる。

ところで、前示(引用部分)のような相続税法三六条一項(昭和三七年法律第六七号により廃止)の規定する決定通知書理由附記の法意に鑑みれば、右のように被処分者が関係庁に対する関連措置から前記相続税法六六条四項による税の申告義務とその理由たる事実を了知していると認められる特段の事情のもとにおいては、被処分者は相続税法六六条のみを掲げた前記決定通知書の理由記載をもつてしても当該課税処分の根拠たる条項とその具体的事由を充分認識しうるのであるから、右のような理由附記の不備をもつて当該処分そのものを違法とするほどの瑕疵というには足りないと解するのが相当である。結局本件処分には理由附記の点でも取消すべき違法があるということはできず、この点の控訴人の主張も採用することができない。

右四につき原判決一〇二枚目裏九行から一〇行の括弧内を(昭和二一年法律第一五号。昭和二七年法律第六一号による改正のもの」に、また同一一行から一〇三枚目表一行の括弧内を「昭和二一年大蔵省令第九九号。昭和二七年同令第二七号による改正のもの」に改める。

第五、よつて、本件処分の違法をいう控訴人の主張はいずれも理由がないからその取消を求める控訴人の請求を棄却すべく、したがつて、これと同旨の判断の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅賀栄 小木曾競 深田源次)

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